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≪定年なく第一線楽しむ!/女性・高齢者、働く機運 非労働力人口22年ぶり減!!≫ [社説]

年金支給が、65歳以上になり、それに合わせて定年制が60歳から65歳まで引き上げられ、今後もフランス・ドイツのように、68歳まで引き上がり、70歳くらいまで上がることは想定しておいた方が良い状況です。

で、突然ですが、皆さんは、いつまで預貯金や保険、投資にお金をかけようと思っておりますか。
というより、いつまで働きたいと思っておりますでしょうか。

そんな中、
長寿大国日本において、世の中、こんな凄い年配の人がいる!ということが紹介されておりましたので、ご紹介します!
日経のこちらです。
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定年なく第一線楽しむ

キャリアを重ね出世を競う生き方もあるが、そういう世界とは無縁に、90歳を過ぎても静かに淡々と働き続ける女性がいる。
人が好き、仕事が好き。人生に定年はないと。

日本生命保険の甲府支社鰍沢営業部(山梨県富士川町)に外務員として勤務するT子さんは93歳。

 

93歳、保険外務員勤続50年のTさん

パソコンを駆使して資料を作成し、ランチには200グラムのステーキを平らげる。

 

担当する400世帯の状況はすべて頭に入っているという


家族が心配するので今は控えているが、昨年秋まではマニュアル車を運転し、顧客を訪問していた。

日生に入ったのは1964年、43歳の時。子育てが一段落し、専業主婦から転身した。

以来50年間、保険を売り続けてきた。胸元できらりと光る銀色のバッジがT子さんの誇りだ。

日生では全国5万人の外務員のうち、成績優秀者を毎年表彰している。
T子さんは50年で43回、全国表彰を受けている。銀色のバッジは30年連続表彰の証しだ。

「特別なことは何もしてこなかった」と控えめに語るT子さんだが、何もせずにこんな好成績が続くはずがない。

毎週火曜日には顧客企業十数社に花を届ける。50年間、一度も欠かしたことはない。

そのうちの一社、峡南建設(同県市川三郷町)のT社長は父の代からの顧客だ。息子と最近学資保険に入った孫まで、T子さんとの付き合いは4代にわたる。

地元の郵便局や農協などが保険の営業に来ても「T子さんに入っているから」と言えば、「それなら仕方ないですね」とすんなり帰っていく。

担当する400世帯の状況はすべて頭に入っており、更新時期の通知が本社から営業部に届くころには、T子さんの顧客は更新手続きが終わっている。

40代の同僚の一人は「私たちのお手本であり目標」と信頼を寄せる。

家族からは「もうそろそろ」と言われるが、顧客からは「辞めないで」と言われている。

今は営業部長が運転手を買って出て、T子さんを支援している。

「人と会うのが好き。この仕事が大好き」と語るT子さん、とても93歳には見えない。

総務省の労働力調査によると、女性の65歳以上の就業者数は247万人(2013年平均)で、この10年で4割近く増えた。

ただ就業率は13.7%と、男性の65歳以上の就業率(28.6%)より低い。

女性の平均寿命は男性より長く、人口減に伴う労働力不足が問題になるなか、働くシニア女性の潜在力は大きい。

相模原市のポーラ化粧品販売員、M子さんは80歳。愛車に化粧品や自然食品など商品を満載し、顧客を訪ねる。多い日は1日で20件訪問することもある。

 
80歳化粧品販売員のMさん


M子さんがこの仕事を始めたのは39歳の時。幼稚園を併設するゴルフ場でキャディーをしていたが、息子が小学校に上がる時に変わった。

ポーラでは月に100万円超の売り上げがある販売員を「ミリオン」と呼び、6カ月続くと全国表彰の対象になる。M子さんは40年間、実に80期連続でミリオンになっている。

大学ノート5冊分にびっしり書き込まれた300人分の顧客データがM子さんの財産だ。

化粧品が切れるころ、季節の変わり目など、絶妙のタイミングで顧客を訪問する。一緒に食事をするだけで帰ることもあるし、時には庭の草取りを手伝うこともある。

50歳代前半に大きな試練があった。女手ひとつで育てた息子を突然の交通事故で亡くし、2歳と9カ月の2人の孫が残された。

泣いてなんかいられない、嫁とともに2人の孫を育てなければと、車中で般若心経のテープを聞きながら訪問販売を続けた。

事故のことは周囲には告げなかった。「体調が悪いの?」と気遣われた時は「ちょっと風邪気味で」と答え、しゃにむに仕事に打ち込んだ。

「あのときほど仕事があって良かったと思ったことはない。仕事は生きる力だった」と振り返る。

40年間仕事を続けてきた増田さんの最大の喜びは、全国表彰のご褒美の海外旅行だ。

グアム、ハワイ、香港、バリ島など、仲間とわいわい過ごす旅は至福のひととき。趣味の写真を撮り、みんなに配るのが好きだ。「日々出会いのあるこの仕事は天職。いつまでも続けたい」
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如何ですか?

現代は、昔の人の同じ年齢に比べ、遥かに若くなっておりますが、既に、ここまでの人がいるとは、かなりビックリです!

でも、さすがにこれは稀じゃないですか?
と言いますのも、ただ働いている、というよりも、成績がトップというのがすごすぎます!!

同じ営業としても、これには脱帽です!素晴らし過ぎます!!!

で、今のお話しは、これまでずっと同じ会社で続けてきた人の特例です。
で、次に紹介する、こちらの方が、より現実に近く、私も既に、このような方達の面接をしております、今後増えていくでしょう内容です。
今度は、読売のこちらです。
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61歳の転身 定年「自分で決める」 大手離れ新興企業に


Iさん 66歳 会社社長

65歳超雇用時代が本格化してきた。

公共システムのコンサルタント会社「ITbook」社長のI元規さん(66)も、熟年就活を成功させた一人だ。

 
社員と談笑する伊藤さん(左)
「肩書は関係ない。自分の仕事でお客
さんが喜び、世の中が変わっていくの
が楽しい」(東京都港区のITboo
k社で)



本社のある東京から、青森→沖縄→佐賀→福岡→東京と数日間で回る。

こんな強行日程は日常茶飯事。自らチケットやホテルを手配し、自治体を飛び回る。「求められている限り、現役というユニホームは脱ぎません」

大学卒業後、大手電機メーカーに就職。システム開発にかかわった。「辞めたいと思ったことは一度もない」ほど、仕事に熱中した。

60歳を前に、転職を考え、人材紹介会社に登録した。

その数年前、部長職として、国や自治体に納める文書管理の情報システムを一から開発するなど成果を上げていた。

65歳まで今と同じような仕事を続けたいと願ったが、上司から「保証はできない」と言われ、別の道を考え始めた。

国の法律の後押しもあり、企業は定年後の再雇用など、65歳まで働ける環境を整えつつある。だが、実際は関連会社への出向などで能力を生かしきれないことが多い。

「仕事はすぐ見つかると思っていた」が、60歳の求職者への求人は皆無。

「年齢でこれほど市場価値が落ちるとは。年齢の壁を痛感させられた」

起業は考えなかった。自営業だった父親が資金繰りで苦しむ姿を見ていたからだ。

自力で始めた求職活動に応じてくれたのが、今の会社だ。

社員は50人程度。名前を知っていた程度だが、直接電話して会社を訪問。

役員に「私を雇ってくれませんか」と直談判すると、情報システム開発に精通していたことが決め手となり、採用が決まった。

前の会社を辞め、2009年4月、現在の会社に入社した。61歳の転身だった。

待遇は、平社員。収入は約3分の1に減った。だが、2人の子供は独立し、住宅ローンの返済も終えていた。妻も賛同してくれた。「土俵さえくれれば、何とかなると思っていた」

以前の取引先との人脈を生かし、業績を上げて翌年、役員に昇進。12年4月には社長になった。

「やりたいことをやれるなら会社にいた方がよいが、それがかなわないなら、実現できる環境を自分で探せばいい。定年を決めるのは自分。会社じゃありません」


 
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どうです?
ただ、これは数少ない成功例です。まだまだ年齢だけでNGというのが現実です。
しかし、日本の労働人口が減っている中で、女性の労働力に加えて、注目されているのが、シニア層の労働力です。
今後は、改めて貴重な労働力として見直され、増えていくでしょう。
いや、既にそのようになって来ております。

再び日経です。
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女性・高齢者、働く機運 非労働力人口22年ぶり減
成長力を下支え 13年、景気回復追い風

職を持たず職探しもしていない「非労働力人口」が減少に転じた。

バブル崩壊後、人口の高齢化で一貫して増え続けていたが、2013年は前年より0.7%少ない4506万人となり、1991年以来、22年ぶりにマイナスに転じた。

「非労働力」だった女性や高齢者が「労働力」に加わっていけば、日本の潜在成長力を下支えする。

稼ぎが増えることで消費や生産の好循環を生み、社会保険料や所得税を払う人が広がる期待もある。
総務省の労働力調査によると、13年の非労働力人口の減少率は55年以来、58年ぶりの大きさとなった。

緩やかな景気の回復を追い風に13年1月から前年を下回り始め、14年2月まで過去最長の14カ月連続マイナスとなっている。

一方、職に就いている人と職を探している人を合わせた「労働力人口」は13年に6577万人と0.34%増えた。プラスになるのは6年ぶり。

15歳以上人口に占める労働力人口の比率も59.3%となり、97年以来16年ぶりに上昇に転じた。

目立つのは主婦が外で稼ぎ始める動きだ。

労働力人口のうち、女性は1.4%増の2804万人と3年ぶりに過去最高を更新した。

一方、専業主婦は13年に前年比4.3%減と、比較できる53年以来で最大の減少となった。

求人が増え、横浜市が待機児童を一時ゼロにするなど、自治体や政府も女性の働きやすい環境づくりを急いでいる。

結婚や出産、育児で職を離れた女性の再就職を支援する動きも広がっている。

ローソンは13年4月、育児休業から復職する女性社員を半年から1年配属する専門部署を立ち上げた。

本格復帰に向けた「慣らし運転」のためだけでなく、「会社から一時離れた主婦の目線で、新商品やサービスを提案してもらう」(同社)狙いだ。

10代後半から30代前半で働かず、学校にも通っていない「ニート」の数も5%減の59万人と、3年ぶりに減った。

飲食業や製造業で若者の求人が増えた。

文化放送キャリアパートナーズの調べでは、既卒者を採用する企業も13年に29%と、3年前と比べて4倍に増えている。「人手不足のなかで企業が採用の対象を広げている」(同社)

働く高齢者も増えた。

60歳以上の労働力人口は1250万人と1.2%増えた。

定年後も働きたい従業員全員の再雇用を企業に義務付ける制度が、13年4月に始まった。

サントリーホールディングスが同月から定年そのものを65歳に延長するなど、企業が制度改正を先取りする動きも広がる。

非労働力だった人が職を得て稼ぎ始めれば、所得税や年金・医療・介護の保険料を負担する側に回る。

厚生労働省の09年の試算に基づいて単純計算すると、30年までに労働力人口を600万人増やした場合、公的年金の加入者が約1%増える。

現在の標準的な世帯のモデル支給額の約22万円を前提にすれば、支給額を約2000円、上乗せする効果がある。

支給額を抑えれば、それだけ年金財政の改善に回せる計算だ。

高齢者が働けば「健康を維持する効果もあり、医療費や介護費用を抑える効果もある」(ニッセイ基礎研究所の経済調査室長)。

政府の経済財政諮問会議や産業競争力会議は専業主婦がいる世帯の所得税の負担を軽くする配偶者控除と、年金保険料の負担が減る第3号被保険者制度などの優遇見直しを議論している。

非労働力人口が一段と減れば、経済の活性化や財政の改善につながりそうだ。


 
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以前にも書きましたが、これからは、第二、第三の人生を考えていく時代です。

人生は一度切りです。
楽しく、自分らしく、納得した人生を生きましょう。





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